自然言語は、述語とその項で構成される構造に加え、談話に関わる情報を含む上位の構造を持つ。Chomsky (2000, 2001, 2004, 2008, 2013)などで提案・展開されている極小理論では、これらはそれぞれvP,CPというフェイズ(phase)をなすと考えられている。フェイズは意味のみならず、音声解釈における重要な単位であり、様々な移動現象に関わる。vは意味内容が「軽い」動詞であり、日本語では漢語名詞などについて生産的に動詞をつくる「する」が一例となる。Cは節のタイプなどを示す要素であり、疑問の終助詞「か」や引用節を導く「と」などが上げられる。軽動詞などのフェイズ主要部について日本語と他の東アジア諸語や英語、フランス語などを比較検討することは理論言語学上必要であるのみならず、外国語としての日本語教育にも新しい視座を提供できる。 軽動詞vについては、日本語は特に興味深い。統語構造においては、英語では動詞が左端、日本語では右端であるが、派生語・合成語ではどちらも右側が動詞要素になることが観察されている(e.g., baby-sit, simpl-ify, 年とる, 汗ばむ)。しかし、「読書する」のような軽動詞構文の内部を分析すると、動詞「読」が目的語である「書」の左に現れる。これは中国語の語順が関係すると思われる。また、「ドストエフスキーの小説を読書する」のような目的語の重復は容認性が低いが、「保険会社に入社する」「メールを送信する」は問題ない。本研究では、軽動詞がとる漢語名詞の内部構造および軽動詞構文がとり得る項について、日本語に加えて、韓国語などの軽動詞構文と、中国語の動詞句の統語構造との関係などについて記述的、理論的研究を行う。 関連して、英語ではvは元々目的語をとり動作主主語をとる他動詞とともに現れる抽象的な要素として提案され、「医者が患者の胃を手術する」の「する」が同様の性質を持つ。興味深いことに「患者が胃を手術する」では、主語の自然な解釈は動作主ではなく被動作主である。これは「する」を主要部とした軽動詞構文以外にも観察される。本研究では、軽動詞の持つこの意味的二面性について「する」だけでなく、使役、受身の形態素も軽動詞として扱い、比較統語論的に考察する。 受身変形、wh-句移動などが起こるCPフェイズに関しては、vP フェイズとは異なり、埋め込まれる場合と主節となる場合がある。Richards (2007)の素性継承に関する議論が正しいとすると、埋め込みCPとは異なり、主節のCPはその補部のみならずエッジも同時に音声、意味解釈部門に転送されなければならないので、主節のCPでは素性継承が行われないという仮説を立てることができる。本研究では、主語(wh句)の移動に係わるルートCPと埋め込みCPの差異を考察しながら、上記の仮説の経験的妥当性を広範囲なデータに照らし合わせて考察していく。また、wh句以外の操作子の作用域の相互作用についても分析する。 本研究はvPフェイズとCPフェイズに分かれるが、安井は双方を担当する。 浅山は漢文訓読語という古典日本語研究の知見を生かし、日本語の軽動詞構文「漢語名詞+する」の分析を担当し、その成果をどのように外国語としての日本語教育へ応用すべきか、検討する。 田中と黄は、日本語・韓国語の軽動詞構文および様々な言語で観察されるCPフェイズレベルの作用域の相互作用などについて担当する。 水口はCPフェイズ、とりわけ、埋め込まれた場合と主節の場合の非対称性について担当する。 長南は、日本語、英語、インドネシア語の軽動詞構文の比較統語論的研究を担当する。 |