岐阜の養老町に養老天命反転地というのがあることを知ったのは、芸術新潮1996年7月号の記事ー日本芸術大賞 荒川修作 養老天命反転地ーだったか。まだ覚えていたとは、よほど印象深かったとみえる。同じ作家の作った集合住宅が三鷹にあるのもそのうち気づいたが、実際に住んでみることができると知ったのはつい最近だ。
この三鷹天命反転住宅には最短一週間からのショートステイ・プログラムが用意されているので、毎日出勤しなくてもよくなったのを機会に住んでみることにしたのだった。この住宅の設計者であり所有者でもある、荒川修作とマドリン・キンズによる構想によれば、この住宅は、自分は死すべきものであるという考えは敗北主義者の言であり、これを反転させる、という目的のために造られたものだ。
僅か一週間で天命を反転させることが可能かどうかは不明であるが、一人で暮らしてみて自己の妄想を肥大化させるあるいは衰退するのを眺めるのも一興であると考えたのが、入居した理由だ。
住居の説明を住人の立場からしてみよう。玄関はない。ドアを開けるといきなり波打った粗い、岩を模した床だ。小さなマットが置いてあったのでここに靴を置いておく。部屋全体が曲面で構成されている。平らなところは部屋の中央のキッチンの床とキッチンの天板、その周りの座る場所、寝室の床に限られている。ただこの程度の凸凹であれば山の中に入ればいくらでもあるから、自分としては寝室も岩のようになっていて構わなかった。平らな床だったので、寝ているうちに反転した天命がまた正転するのではないかと心配してみたのだ。
スタディルームと呼ばれる丸い部屋はお気に入りとなった。ソユーズのカプセルを思い出したからだ。シャワーは円筒型のガラスの棺桶のようなつくりで、これを回り込むと便器がある。天井には至るところに荷重のかけられる金具が埋め込まれていて、ここからカラビナで何でも吊り下げることができるようになっている。入った部屋にぶら下がっていたのは物入れの袋とハンモックだけだったが、自分でザイルを用意して張り巡らせば、部屋の中を床を歩かなくとも移動できるかも知れない、などと思った。
あと、天命を反転させるためには家電も必要で、冷蔵庫に全自動洗濯機、IHレンジ、電子レンジ、エアコンにウォシュレットが備わっていて普通に快適だ。ただ窓が多いのと、基本的に三戸が縦に積み重なって住宅ができているので、お隣がない分、今の時期はまだ少し冷える。 (2011年4月23-29日)