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一般教養科目のうち地球学

大学で「地球学」というタイトルで、エネルギーと地球温暖化問題を取り上げて授業を行った。講義は学生における以下の学習を目標とした。

人間の振る舞いが地球温暖化問 題や資源の枯渇、エネルギー需要の増大というトリレンマをもたらしていることを学び、ま さにこのトリレンマが学生自身を含む次世代の人間にとっての問題であることを理解し、こ の問題に対しては何よりも本質を理解することが必要であることを認識する。

この授業の背景となる地球と未来に関する認識の必要性についてとりまとめたものを「不安定化する世界における地球温暖化と化石資源枯渇問題を中心とした基礎地球学教育について」と題して、 The Basis 武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要、第3号、 2013.3に投稿した。
(2013.7.19)

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一般教養科目におけるマップ技法

あらゆる局面で何かを考えるときにマップを使うのは、自分にとって必須の流れとなっているので、マップが何故に思考の整理に役立つのかに関する考察を主にして、取りまとめてみた。これを「セルフ・デベロップメント教育におけるマップ技法の適用―概念伝達におけるマップの意義 ―」と題して、 The Basis 武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要、第4号に投稿した。
(2013.10.5)

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リメディアル教育ーグループワークの活用ー化学編

大学では専門課程の1年生に対するリメディアル教育を担当している。米国ではこれをDevelopmental Educationと呼ぶようだが、確かにリメディアル教育というのは矯正、補修、治療というネガティブな意味があるし、更にはホメオパシスのレメディーを連想させるのでどうかと思われる。

さて担当するのは、高校で化学を選択してこなかった文系の学生を主に対象とした化学基礎である。テキストとして「化学の基礎, 中川徹夫, 化学同人, 2010」が用意されている。このテキストの出版社の内容説明「大学で化学を学ぶために必要な最低限の内容をまとめた初学者向けテキスト。元素記号をおさらいするところから始め、原子構造、結合、物質量、比例計算に内容を絞った。高校で化学を十分に学んでこなかった学生が,大学での化学を学ぶにあたって押さえておかねばならない最低限の内容を凝縮。リメディアル用のテキストに最適」とあるようになかなか良く考えられたテキストであると思われる。これを4ヶ月間で週2回各1コマ、計27回の授業で講義する。

ただこのテキスト、内容を絞ってある故に有機化学が取り上げられていないことやその他の細かな点で、対象とする学生の専門課程からみると足らない点が幾つかある。これについては前年までの授業において用いられてきた資料を援用することになっている。

この授業を実施するにあたっては基本的には期末試験範囲である上記のテキストを利用するのであるが、以下の方針に基づいて内容を再構成した。

  • ・化学には定性的観点*1と定量的観点*2があることを提示し、実施している授業内容がそのどちらであるかを毎回提示する
  • ・講義全体のマップを想定しつつ、テキストの章がそれぞれ関連していることを毎回提示する
  • ・全体のマップを想定しつつ、テキストの章は適宜に授業中に並べ替えて提示する
  • ・テキストに示された比を用いた解法は用いず*3、ある基準により無次元化するという表現を用いる
  • ・化学反応式における係数の推定はこれがディオファントス方程式の一例であることを述べ、比例計算法は用いない

授業の実施は板書を主体とするが、授業を受ける多くの学生が、高校において何らかの理由により化学を選択していないこと、つまり化学に対してネガティブな印象を持っている可能性の高いことに留意する必要がある。そこで以下の手法を取り入れた。

  • ・ビデオ、特に元素記号の紹介を授業の最初に取り入れ、アイスブレーキング*4の役割を果たすことを目論む
  • ・「スイヘイリーベ 〜魔法の呪文〜」*5を、授業そのもののテーマソングとして授業の性格付け*6を行う
  • ・学習の開始時点においては同一内容の繰り返しを行い、その反応から高校における各自の学習範囲と理解度を推定*7しておく
  • ・ある程度の授業の進展の後、理解できない問題の生じて学生に若干のフラストレーションの生じた時点*8で、章末問題を解く
  • ・章末問題を解くにあたり4〜5人のグループを構成し、各自が互いに質問し合う中で自己創発(分った!という感覚の生起)の起こることを狙う*9
  • ・ワークにおいては聞くメンバーと教えるメンバーの両方に効果があることを解説しつつ*10、グループの活発度を観察し適宜メンバーの交換*11を行う

授業は「大学で化学を学ぶために必要な最低限の内容」の習得がその最終目的であるが、これをリメディアル、すなわち何らかの足りないあるいは落ち込んでいる者を救済するプロセスとして捉えるか、あるいは「Developmental Education」すなわち次のステップのためのバネと看做すかによって、授業を受ける側の立場は大きく異なることになる。学生が自分は何か足りないあるいは落ち込んでいる状態であると看做すことと、次のステップに行くための脚ならしの状態にあると看做すことの間には、学生のモチベーションという点において大きな差異がある。

ここにおいて自己創発あるいは、分った!という感覚の生起は、以上の二つの状態を分け、この授業が次のステップに行くためのものであるという認識を確かなものにするために必須である。分ったという感覚の生起は、何かが足りない状態に招来されるのではなく、次のステップに向かうための状態に招来されるべきものだからである。

以上のグループワークが成果をもたらしたかどうかは、対照群との比較あるいは複数の回数の試行の結果の評価によって判断されるべきであるが、ここでは、授業中の学生の態度の観察や、最終回の授業において実施した、授業内容と手法に関するアンケートにより部分的に判断することができた。その結果は概ねグループワークの意義が確認されると言うべきもので、例えば章末問題の回答を得るためのグループワークの最中に挙った「分った!」という声や、アンケート結果の大部分の回答に見えるグループワークがテキストの理解に非常に役立ったという意見に見ることができた。


*1 原子の電子配置が物質の化学的性質を決定していることを示し、ここから派生する性質を定性的な概念として提示し理解を求める
*2 原子を構成する陽子と中性子が、化学反応などの化学的操作の量的基準となっていることを示し、ここから派生するmolなどの概念が定量的理解に必要なことを示す(議論を質量数から開始するため質量欠損について言及する必要がある)
*3 学生は比について、単位すなわち次元を含む場合と無次元の場合の両方について無批判的に教えられて来ており、理解に混乱を招くため
*4 アイスブレーキングとは、ある態度を示すグループの特徴を表すために、氷の表面のように冷たく固い状態に例え、頑な状態を協力的な状態に変化させることを言う(*12)
*5 元素記号を覚えるために従来の学校で親しまれていた語呂合わせを歌にしたもの(NHK 「エレメントハンター」エンディングテーマ曲)
*6 軽快な歌を何度も提示することで、授業そのものが楽しめる内容であることを暗示し、歌の許容を通じて授業に対する学生の許容を招来する
*7 講義の途中から開始されるグループワークにおいて先導的な役割を果たすことのできるメンバーをピックアップするためである
*8 講義計画におけるグループワークの開始タイミングについては、未評価の面が多いので、この方法に効果があるかどうかは不確実である
*9 「分った!」という発言を積極的に評価し、その感覚をまだ得ていない学生をエンカレッジする
*10 先導的役割を果たす学生のモチベーションを維持するために必要である
*11 先導的役割を果たす学生の理解が他のメンバーの理解から大きく乖離することで互いの質問や発言が少なくなってしまうことを避け、グループワークの活発さを維持(*13)する
*12 自己創発(分った!)の感覚は、リラックスした状態になければ招来し難いことは予測できる
*13 この時、教師は自己創発を継続させるために「近くにいて励ましてくれる近所のオジさん、オバさん」でなければならない

(2013.10.5)

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リメディアル教育ーグループワークの活用ー物理・数学編

さて、前期は化学のリメディアル教育であったのだが、後期は物理・数学のリメディアル教育である。振り分けテストを行うと、前期とほぼ同じメンバーがクラスタリングされたので、さもありなんと思われる。高校時代に化学も物理も選択しなかったのでいわば当然の結果であろう。さらに、後期は数学と物理の両方を仕上げなければいけないという、かなりの困難の予想されるスケジューリングとなっている。

テキストは数学については、「」、物理は昨年度学科の先生が取りまとめた薄い冊子を用いることになっている。昨年までの話を聞くと、学生は数学はまあまあであるが物理を苦手とするのが通例だという。数学ができるのに、物理が苦手であるというのは、すなわちこの二つが全く別個のものであると学生に認識されているということで、前期の化学に勝るとも劣らない難しさに思われる。

数学については学生の習熟度にばらつきがある。全員、一次関数のグラフは描くことができるが、二次関数のグラフを描くことのできる学生は半分程である。三次関数のグラフは全員描くことができない。物理については、長さの単位については知っているが、面積の単位については知識を欠く学生が存在する。加速度の単位については全員が知らない。ということで、以下の手法を取る事にした。

  • ・アイスブレーキングをどのように導入するかはよい考えが得られなかった。ただし、クラスフォーメーションの時点でできるだけ前期と同じ学生が含まれるようにしたので、学生同士の親密度は確保されるであろうと思われた
  • ・化学の授業の時のように、授業の性格付けを行うようなテーマソングあるいはこれに代わるものが見つからなかったので、少なくとも数学と物理を別物として扱わないようにする
  • ・学習の開始時点においては同一内容の繰り返しを行い、その度に小テストを実施して進展度合いを測定する
  • ・物理においては電気、力学、熱力学の順にした。電気に対する学生の馴染みが他より大きいと考えたからである
  • ・章末問題を解くにあたり4〜5人のグループを構成し、グループワークを行う。ただし、前期の経験からグループメンバーの交換は行わない
  • ・各自が互いに質問し合う中で自己創発(分った!という感覚の生起)の起こることを狙う

学生の講義の理解程度は現在のところ試験問題の獲得点数により評価するしかない。この時幾つかの理由により、試験には限定した数の典型的問題を出さざるを得ない。このとき、学生の立場から見ると、高得点をあげるためには典型的問題について解を与える式を記憶し、これに問題に表れた数値を代入する、という手段が最も効率的であるという場合がある。従って、このような方法を得意とする学生にとっては、グループ学習は必ずしも効率的であるとは看做されないであろうし、アンケートに少数ではあるが現れる「(グループ学習の効果は認めるが)もっと時間を取って教えて欲しい」、「(グループ学習の効果は認めるが)練習問題の解答が欲しい」等はこのような考え方が表明されたものと考えることができる。

リメディアル教育の目的が、「学生が試験に高い点数を得る」だけではなく、「未知に対して問題設定と解決法を生み出す能力を得る」でもあるなら、このようなパターンマッチング、すなわち解を与える式の記憶と数値の代入と計算、は必ずしも適切であるとは思われない。そうであれば、対象に対する理解と同時に一段上のレイヤーにある、理解のためのモデル(式)の操作に対する理解を、自己創発的に「分った!」という閃きとともに得ることは、パターンマッチングの習熟とは関係性が薄いと言うべきであろう。なぜならば、理解とその下部構造である理解のための理解というレイヤーの存在は、問題群がフラットであることを前提条件とするパターンマッチングではこれに対応できないからである。


*1 数学の授業時には判明せず、物理の授業を実施するなかで判明したのであるが、A B=Cであるとき、A=C/B、B=C/Aであるという変数の交換や(A/B)/Bのような約分に係る式操作に不慣れである
*2 数学的操作に不慣れな学生はそれまでのハンディキャップを挽回できなかった
*3 グループ学習では適切な成果を出していると思われた学生が、試験では成果を出せなかった例がある。因数分解はできていたことを考えると、パターンを覚える、すなわちグループ学習においては他メンバーの結果をそのまま自己の成果としていて、十分に内部化できなかった
*4 上記*2、*3の学生もグループ学習において理解が進んだと述べているので、それまでのハンディキャップを半年間では解消できなかったものと推定される
*5 上記*2、*3の学生はグループ学習において学習と無関係な話題も含め、積極的な自己アピールが不足の状態が観察されている。自己アピールの不足と、それまでの理解に係るハンディキャップが重なった場合、自己学習速度は低いままであるように思われる
*6 グループ学習は当然ながら講師が説明する時間が結果として削減される。この結果、代表的練習問題の説明が不足であるとする学生の意見が見られた
*7 電磁波が光であって波長あるいは周波数によって呼び名が異なるというような世界は、その上部構造にfλ=cがあるというレイヤーに対する理解がなければ、理解し難いのである
*8 基本単位と組立単位がレイヤーを作っていることも、数学とこれを利用した物理が単位を通じてレイヤーを成していることも学生は知るべきであろう

(2014.1.19)

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リメディアル教育ーグループワークの評価

リメディアル教育にグループワークを取り入れたのであるが、その成果をどのように評価すべきであろうか。評価方法はいくつか考えられるものの、グループワークを取り入れた場合と取り入れない場合の比較は必ずしも容易ではない。リメディアル教育の第一目標は教育効果を得ることであり、効果を得るための手法の実験対象ではないからである。そこで、グループワークを取り入れた場合の教育効果が、従来のリメディアル教育の効果を下回らないかどうかを、評価の最低基準とすることで、少なくともネガティブな効果がないことを確認し、次に受講者に対して行ったアンケート結果を分析することで、グループワークの効果がポジティブであるかどうかを判定することとした。

その結果は定性的なものとならざるを得ないが、グループワークの実施と評価を繰り返すことで評価はより正確さを増すと考えられるし、リメディアル教育を受講した1年生のその後の追跡評価を行うことで知見を積み重ねることが可能とも考えられる。

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